導入:1ヶ月で700人分の業務をAIが代替
2024年2月27日、後払い決済(BNPL)大手のKlarnaは、OpenAIと連携して開発したAIアシスタントが、導入後わずか1ヶ月で全顧客サービスチャットの3分の2を処理し、700人のフルタイムエージェントに相当する業務を遂行したと発表しました。これにより、年間4,000万ドル(約60億円)の利益改善が見込まれるとして、LLMによる業務自動化の新たなマイルストーンとして注目を集めています。

本記事では、Klarnaがどのようにしてこの成果を達成したのか、その戦略と技術的背景、そして浮き彫りになった課題と今後の展望について、公開情報を基に深掘りします。 (出典: Klarna Newsroom, 2024-02-27) (出典: Bloomberg, 2024-02-27)
分析フレームワーク
課題(As-Is):24時間/365日対応の限界とコスト増大
Klarnaはグローバルに事業を展開しており、多様な言語で24時間体制の顧客サポートを提供する必要がありました。主な課題は以下の通りです。
- 大量の問い合わせ: 返金、返品、支払いプランに関する定型的な問い合わせがチャット全体の大部分を占め、オペレーターの業務を圧迫。
- 対応時間の遅延: ピーク時には顧客を待たせる時間が長くなり(平均11分)、顧客満足度の低下に直結。
- 人件費の増大: 事業拡大に伴い、サポート人員の採用と教育コストが増加し続けていた。
自動化の対象と範囲:チャットサポートの完全自動化
Klarnaは、まず顧客との主要な接点であるチャットサポートを自動化の対象としました。
- 対象業務: 顧客からの問い合わせ一次対応。返金処理、残高照会、支払いスケジュールの説明など。
- 範囲: グローバル市場が対象。35以上の言語に対応し、導入後1ヶ月で230万件の対話を処理。これは全チャットの3分の2に相当します。
- 目標: 人間エージェントへのエスカレーションを最小限に抑え、AIのみで問い合わせを完結させる。
使用モデル/ツールチェーン:OpenAIとの連携と内部データ活用
今回の自動化の心臓部には、OpenAIのLLMが採用されています。
- 基盤モデル: KlarnaはOpenAIとの協業を明言しており、その性能からGPT-4が利用されていると推測されます。
- アーキテクチャ: 内部のAIチームが開発したシステムは、単なるFAQボットではありません。顧客の過去の取引履歴や支払い状況といった内部データベースとLLMを安全に連携させる、RAG (Retrieval-Augmented Generation) に類似した仕組みを採用していると考えられます。これにより、個々の顧客に最適化されたパーソナルな回答を生成し、幻覚(ハルシネーション)を抑制しています。

品質管理:人間と同等以上の顧客体験を維持
自動化においてKlarnaが最も重視したのが、サービス品質の維持です。
- 評価指標: 主要な評価指標として顧客満足度スコア(CSAT)を採用。AIアシスタントのスコアは、人間エージェントと同等のレベルを維持することに成功しました。
- 幻覚対策: 前述のRAGアーキテクチャにより、回答はKlarnaの最新ポリシーと顧客自身のデータに根ざしたものになります。AIが対応できない複雑な問題や、強い感情が伴う問い合わせは、シームレスに人間エージェントへ引き継がれるルールが設定されています。
- パフォーマンス監視: 問い合わせ解決までの平均時間は11分から2分未満へと82%短縮されました。また、一度の対話で問題が解決する率が高まった結果、同じ用件での再問い合わせが25%減少しました。
セキュリティ/ガバナンス:金融機関としての責務
金融サービスを提供する企業として、Klarnaは厳格なセキュリティとガバナンス体制を構築しています。
- データアクセス管理: AIがアクセスできる顧客情報は、問い合わせ対応に必要な最小限の範囲に限定。
- コンプライアンス: PCI DSSなどの国際的なセキュリティ基準や各国の金融規制を遵守した設計がなされています。
- 監査と記録: AIと顧客の対話はすべて記録・監査され、問題発生時のトレーサビリティを確保しています。
KPI(定量効果):年間4,000万ドルのインパクト
今回の取り組みによる経営効果は、極めて明確な数値で示されました。

- 業務効率: 700人のフルタイムエージェントに相当する業務量をAIが処理。
- コスト削減: 効率化により、2024年だけで4,000万ドル(約60億円)の利益改善を見込む。
- 顧客体験: 解決までの時間を2分未満に短縮し、再問い合わせ率を25%削減。
- 処理能力: 導入後1ヶ月で230万件の問い合わせに対応。
限界/リスク:雇用の未来とAIの責任範囲
輝かしい成果の裏で、無視できない課題も浮き彫りになっています。
- 雇用の代替: CEOのセバスチャン・シエミオンコウスキー氏は、このAI導入により、同社がカスタマーサービス部門の新規採用を事実上凍結する可能性を示唆しています。これは、AIによる雇用の代替が現実的な経営課題となったことを示す象徴的な事例です。 (出典: The Guardian, 2024-02-28)
- 複雑な問題への対応: 現状のAIでは、顧客の深い失望や怒りといった複雑な感情に寄り添うことや、前例のないトラブルに対応することは困難です。人間による最終的なセーフティネットは依然として不可欠です。
- ブランドリスク: AIの不適切な応答一つが、SNSなどを通じて拡散し、企業のブランドイメージを大きく損なうリスクを常に内包しています。継続的な監視と改善が求められます。
次のロードマップ:単なるアシスタントから「財務アドバイザー」へ
Klarnaの挑戦はまだ始まったばかりです。今後は、単なる受動的な問い合わせ対応に留まらず、よりプロアクティブな役割をAIに担わせることを目指しています。
- 機能拡張: 顧客の購買データに基づいたパーソナライズされたショッピング提案。
- 役割の進化: 個人の財務状況に応じた賢い支出計画やローン返済計画をアドバイスする「財務アシスタント」への進化。
この取り組みは、顧客サポートの枠を超え、企業のサービス提供のあり方そのものをAIが変革していく未来を予感させます。Klarnaの事例は、LLM導入を検討する多くの実務者にとって、具体的な目標設定と課題認識の両面で重要な示唆を与えるものとなるでしょう。
























